アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
私は、1981年に設計事務所を設立し、「海の博物館」を終えるまでに十年ちょっとかかりました。そして現在、それからまた十年が経とうとしています。今までの講演会では、現在やっている仕事をみなさんに紹介し、その時に考えていることの一断面をお話ししてきました。ただ今日は、せっかくの機会ですので、この十年をもう一度振り返ってみたいと思います。
私は、今まで自分の考えをはっきり言ってこなかったように思います。自分の考えを意図的に迂回し、雑誌に原稿を書くときにも自分自身を脇に置いて、技術とか社会の情勢を主に話してきたように思います。自分の考えをはっきり述べて、それによって生じる反発や軋礫にエネルギーを浪費するくらいなら、実際のモノづくりに少しでもエネルギーを注ぎたいという気持ちが強くあったからです。ただ私も五十を越えまして、もっとはっきり自分の意見をいってもいいのかなと思うようになりました。また2001年4月から大学で教えることになったのを契機に、自分のことをもう少しストレートに話す機会を増やそうとも思い始めました。ですから今日は、個別の作品というよりも、この十年の大きな流れを見て頂けたらと思います。
「海の博物館」が完成する前と後には、大きな断層のようなものがあります。1992年に完成するのですが、事務所設立から完成までの十数年は自分にとって苦しい時代でした。試行錯誤の連続で、何度も建築をやめようと思いました。
事務所のスタッフと一緒に汗水垂らして設計するわけですが、その努力が理解されないのではないか、徒労に終わるのではないかという恐怖感と、それに対する自問自答の繰り返しでした。「海の博物館」も、そうした過程でつくられた建物です。
恩師である吉阪隆正先生が「十年同じ穴を掘れ」とおっしゃっていたのを覚えています。学生のときに聞いた言葉で、当時はその意味がよくわからず、単に反芻するしかなかったのですが、苦しい時期によくこの言葉を思い出しました。今から考えると、この十年は穴掘りの時期であったという感じがします。これ以後、どんな穴を掘ったか、そしてこれからどんな穴を掘っていくつもりなのかということを、お話しできたらと思っています。