アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

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妹島 和世 - 自作について
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東西アスファルト事業協同組合講演会

自作について

妹島 和世KAZUYO SEJIMA


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はじめに

「自作について」というタイトルは、少しあいまいなタイトルだと自分自身おもいます。今、私にとっては中途半端な時期という感じがしています。初めての公共建物である派出所ができてから、小さいながら公共の仕事のほうが多くなりました。もともと、具体的なプロジェクトを通して常に考えてきたので、今何を考えているかというのは、プロジェクトと切り離しては話しにくいのです。特に今、自分としてはどういう展開になっていくのかよくわからないといった感じです。とにかく日々を乗り切るのに精一杯という毎日を送っています。今年で十年目を迎えますが、建物をつくり、それから反省し、次のものをつくるという感じで、プロジェクトごとにおかれている問題はさまざまに違うものですから、それについてどうしたらいいか考えながらつくってきました。

唯一変わらないことは、「建築の中で人がどういう動きをするか」ということが常に頭の中にあることです。こんなふうに動けたらいいだろう、こういうかたちの動き方が自由なのではないか、と考える過程は変わっていません。

「再春館製薬女子寮」の頃は、「PLATFORM」からの延長で、いろんなプログラムをなるたけ自由にするために、ワンルームで整理していくことが多かったように思います。なるべく軌跡の大きなものをつくり、その中で使う人が自由に選択できる平面のつくり方をしていました。

しかし、ここ二、三年は、大きな空間の中に部分があるというようなつくり方とは別に、何か別な建物もつくれるのではないかとも考え始めました。具体的な打ち合わせに入ると、「そういうのも面白い」といってくださる方もいれば、「この部屋は独立して何平米いるんです」という方もいます。この部屋には何平米いる、という決まりのようなものを強引に外して構成し直していかなくてもできるのではないかな、と思うようになって、最近はそういう試みをしています。

「再春館製薬女子寮」が完成し、発表された雑誌を眺めたときの印象は、どうしてもシーンが一つになるというか、主体と付属的なものという二つに分かれ、一つだけが徹底的に強調されてしまった気がします。そして、その後たどってきた過程が、部屋をたくさん併存させることができないかということです。一つの空間よりは二つの空間、二つよりは三つと、非常に単純なやり方でつくりだせないかと試行錯誤しております。

では、「再春館製薬女子寮」から最近作までを、簡単にご説明させていただきたいと思います。

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