アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

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私の建築手法
手塚貴晴 - 屋根に暮らす
越後松之山『森の学校』キョロロ [1]
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2007 東西アスファルト事業協同組合講演会

屋根に暮らす

手塚 貴晴TAKAHARU TEDUKA

手塚貴晴-近影

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越後松之山『森の学校』キョロロ [1]
コールテン鋼で覆われた「越後松之山『森の学校』キョロロ」
コールテン鋼で覆われた「越後松之山『森の学校』キョロロ」

「越後松之山『森の学校』キョロロ」という長いタイトルの建物なんですけれども、名前と同じく建物もものすごく長い鉄のチューブです。用途は博物館だけではなく、研究施設もあります。館長さんは名古屋大学の池内了先生です。有名な宇宙物理学の方ですね。主に名古屋大学が派遣する科学者の方が常駐しています。

ここは冬になるとものすごく雪が降ります。毎年30メートルの降雪で、深さ5〜6メートルの積雪になります。そんな場所にこの建物ができました。

遠景。緑の中にコールテン鋼の茶色がとけ込む
遠景。緑の中にコールテン鋼の茶色がとけ込む

この建物はいってみれば潜水艦みたいなものです。鉄板の全溶接です。重さ2000トンの鉄の塊です。その角に大きなアクリルの窓がはまっている。これも雪の圧力に耐えられるようになっています。ちなみに屋根荷重も壁荷重も1平方メートル当たり1.5トンを想定しています。とんでもない重さですね。1平方メートルに大型車一台乗っているというくらいの荷重をみています。また、熱による伸びで、冬と夏とでは長さが20センチほど違います。われわれは町長さんにジョークで「この建物は伸び縮みするんですよ。這って森の中に消えていくエコロジカルな建物です」とまことしやかな顔をして話したら、町長さんはそれを信じまして、「それは困る。建物がなくなってしまうと税金が逃げていくのでそしてください」と真顔で答えられました。

外観。開口部にはアクリルがはめ込まれている
外観。開口部にはアクリルがはめ込まれている
全景。曲がりくねった平面は全長160メートルにも及ぶ
全景。曲がりくねった平面は全長160メートルにも及ぶ

この「キョロロ」をやった頃、世間は本当に呑気だったんです。設計したのは、2002年〜03年にかけてからなんですが、その頃は今の確認申請と全然違いました。この窓はアクリルなんですが、町のプロジェクト担当の方に話したら「確認申請に通らないですよね。隣地境界線から5メートル離れていないし。じゃあ、役所に相談しに行きましょう」と一緒についてきてくれました。「ちょっと待ってください」といってその人は裏に消えていき、しばらくしたら出てきて、「わかりました。町の境界を動かしましょう」と。隣地境界が変わったため、いきなりアクリル窓が実現できるようになりました。とんでもなくのどかな時代でした。実は、その町役場は合併でなくなっちゃいまして、最後の最後だから町の存亡かけてやってくれたんですね。面白かったですね。ああいうところで新しい建築が生まれるのでしょう。

配置 縮尺1/2,500
配置 縮尺1/2,500
夜景。長く滞在させたいところは開口部を大きく取っている
夜景。長く滞在させたいところは開口部を大きく取っている

今の建築基準法ではこの建物は建ちません。いろいろなことを無理しています。小さく見えますけど、12階建てくらいの建物の高さがあり、長さは160メートルあります。外壁はコールテン鋼で茶色をしています。最初この建物を設計していたら、町おこしのために起用されたアートプロデューサーの北川フラムさんが「手塚くん、君を町の人たちの説明会に出すと、君のことだからめちゃくちゃにされちゃうから、僕がその辺を相手しておいてあげる」とおっしゃってくださいました。どういう話の仕方をなさったのか知らないですけれども、街の方たちはすごく綺麗な茶色い木目調の建物ができると思っていたのですよ。それででき上がって見てみたら「おお、すごく綺麗な木の建物だね」って。近寄って見ると実は錆びているんですよね。錆びているといっても表面だけで、その錆が保護膜となって内部まで腐食しないのですが。最初から鉄っていうと大騒ぎになったと思うのですけれど、「これはうちの錆びている車庫の色と同じ色だね」と喜んでくれました。アバンギャルドなことをしたつもりだったのに妙に上手くいって、建物は町の人に可愛がってもらっています。人口3,000人の町ですけれど、夏休みの数ヵ月の間だけでも、5万人が訪れるということが起きています。

滞在時間を短くさせたいところは通路のような空間になっている
滞在時間を短くさせたいところは通路のような空間になっている

バス路線がないものですから、タクシーで行かなくてはなりません。タクシーの運転手さんに「『キョロロ』に行ってください」というと、「この町にもよい財産ができてね」とにこやかに返事をされました。「そうですね。いいですよね」と話を合わせてうなずくと「ここにも、牛久の観音にも負けない名物ができたよ」と。挙げ句の果てには「松之山には音大蛇の伝説があって、それに基づいてできた形なんだよ」とまことしやかに説明されてしまいました。違うのです。ここには元々棚田がありまして、そこが建築資材置き場になってめちゃくちゃになっていたので、それを再生しようという話だったのです。われわれが考えたのは博物館というのは中に空間があってそこにあるものを見せるのだけれども、そうではなくて、この建物は「何かを発見する」ためのものだから、道をたどるような建物にしていこうということで、ここにあった畦道の形につくっていったんです。そして角が抜けるような空間をつくる。長くいたいところは広くして滞在時間の少ないところは細くしてと。そんなことを操作していきながらできたのがこの形です。この近辺では雪が本当に深いので道にも屋根がかぶっているんですね。覆道。その断面の形を建物にいただきました。結構セオリティな形です。運転手さんのいった大蛇とはまったく関係ありません。

断面詳細 縮尺1/30
断面詳細 縮尺1/30
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