アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

マークアップリンク
トップ
私の建築手法
宮脇 檀 + 新宮 晋 - 風と建築
自然に自然とともに生きる
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986

東西アスファルト事業協同組合講演会

風と建築

宮脇 檀 + 新宮 晋MAYUMI MIYAWAKI + SUSUMU SHINGU


«前のページへ最初のページへ次のページへ»
自然に自然とともに生きる
太陽の子供たち(シカゴ)1990年
太陽の子供たち(シカゴ)1990年

新宮今日は宮脇さんに聞いてもらってばかりで、私のはうから宮脇さんに質問しなくていいんですか。

宮脇いいんです。今日はあんなすばらしいビデオを見た後で、僕のことなんか話題にできるもんですか。

新宮私は宮脇さんをよく知っているつもりでしたが、今日の対談のためには少しは勉強しなくちゃと思って、ちょっとばかり調べてきました。あなたも都市と建築、建築と一般の間という、不思議な接点に生きている生物ですね。(笑)

宮脇最近ボストンやあちこちで新宮さんの作品を見る機会があって、ふと感じたんですが、建築と新宮さんの作品の関係というより、都市との関係が強いケースが増えていますね。たとえばフィンランドでは林の中でしたが、ニューヨークやボストンでは都市の中ですね。都市のイメージというのは、新宮さんの作品の中でどれぐらい考えられているんでしょうか。

雲の飛行
雲の飛行

新宮一つは、作品のクライアントが都市からくることが多いということがあります。しかし、その多くは巨大開発して自然を破壊した後で、私たちも自然のことを考えています、というシンボルとして新宮晋の作品を置きたいということが多いんです。ある種の免罪符的に扱われているという気がします。ですから、人里離れただれもこない山奥なんかに作品をつくらせてはくれません。

宮脇3日3晩歩いて行った山奥で新宮さんの作品がだれも見ていないのに動いていた、なんていうほうが、よはど感動的だと思うけどね。

新宮そうですね。「ウインドサーカス」の本の中にも出てきますが、あれは世界のあらゆる風景の中に置きたいというイメージがあって、エジプトのギザのビラミッドの前に、モンタージュですが、置いてみたんです。ところが、それをモンタージュと思わないで、本物だと思った人がいまして、ギザの前にある作品の写真が欲しいといわれることがあります。だれでも、そんなほうを望んでいるのかもしれませんね。つまり文化も違うということでいえば、アフリカの褌1枚で槍をもったような人たちが私の作品を見ている風買をイメージしたんです。それを見た人たちは、槍を投げつけるか地面に平伏して拝むかどちらかだろうという感じを想像していました。

(ローガン国際空港)1987年
(ローガン国際空港)1987年

私は現在は、現代という時代でこういうことをしていますが、もし私がインディアンだったとしても、祭りを司るときなどに、おまえは器用だからと呼び出されて、風を呼べとかトーテムポールをつくれといわれるんじゃないか、それを現代でやっているのかなとも思います。

宮脇最近の作品は、ボストンのローガン空港のでもそうですが、見えないくらいの薄い雲のような作品にどんどんなってきたという傾向がありますね。あれは、室内のエアコンの風の吹き出しとの関係で軽くしたというだけなのか、それとも、今後ますますこの方向に進んでいくのか。

新宮私は、だれかがタバコを喫っていて煙が流れると、「もったいない、ここにこんなにエネルギーがある」と思ってしまうんです。だから、タバコでなくても、なにかそうしたエネルギーを捕まえる装置を考えたくなります。

最初の話しに戻りますが、イタリアから帰ってきた当時、色彩のけばけばした作品を発表していますが、そこから考えるとどんどんそうした方向に進んできているという傾向はありますね。

宮脇徳川夢声といっても、今日ここにいる人はほとんど知らないと思うけど、昔、彼はNHKラジオで「宮本武蔵」をやっていたんです。さっき、この話しを控室でやったら、さすが新宮さんと私は同世代、彼もすぐにわかってくれたんですが、その徳川夢声の「宮本武蔵」の中で、武蔵が吉岡一門かどこかに泊めてもらったときに、夜中に風車が動くのを感じて、目を覚まして構えるというところがあったんです。その話は、新宮さんもちゃんと覚えているんですね。ひょっとしたら新宮さんの風の原点は宮本武蔵じゃないのかな。どこかから入ってきた風で風車がまわるというあの感覚は、やはり魅かれるものがありましたね。

新宮さきはど宮脇さんがおっしゃった、オフィスビルでは設備担当者がシャットアウトしてしまってというお話しですが、シャットアウトして内部だけ考えるというのは非常に簡単なことです。シャットアウトして空調しちゃう建物は簡単で、呼吸するような建物のはうが、実は現代では贅沢なんですね。

宮脇日本のように敷地が狭くていろいろな制限があるところでは、呼吸する建物なんて本当に贅沢です。隣の建物の便所に向いて窓を開けるわけにもいきませんからね。

少し前に、ある宿泊施設を設計したんですが、ホテルなどのこうした施設は、プライバシーの問題があって、廊下側には風を抜けないわけです。ところが、私は敷地が蓼科でしたから蓼科にエアコンなんてするべきじゃないという考えで、エアコンを設置しなかったんです。そうしたら、やはり風が通り抜けなくて暑いんです。そこで、仕方がないので全室に風抜きダクトを設置して、南から入った風を天井に抜いて、廊下側に導くという解決法をとりました。音は廊下側に滴れないけれど風は通るという苦肉の策です。しかし、これだけのことでたいへんな費用がかかりました。クーラーやパッケージを一つづつ置くほうが余程安いですよ。だから、日本では自然の中で風を味わいながら生活するということが、とてもむずかしくなってしまっていますね。

新宮全くその通りですね。

«前のページへ最初のページへ次のページへ»