アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

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山本 理顕 - 建築という暴力
建築という暴力
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東西アスファルト事業協同組合講演会

建築という暴力

山本 理顕RIKEN YAMAMOTO


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建築という暴力

私の立場は今述べてきた考え方と違います。

社会が建築をつくるわけではありませんし、私的な言語だけで建築を語ることもできません。建築は風景論あるいはシークエンスだけで語れるものではありません。そうした建築の語り口というのは、当の建築の根拠を説明しようとしているのだと思いますが、私があえて「暴力」というのは、建築には実は根拠などどこにもないのだということをいいたいからです。その建築が出来上がるにあたっては、その建築を成り立たせるための根拠があらかじめあるはずだと私たちは思っている。そう思うほうが一般的ですけど、でもそんな根拠があって建築ができあがっているわけでは必ずしもありません。不動の根拠があるわけでなくて、単に仮説があるに過ぎないと思います。建築をつくるということは仮説に基づいてつくっている。そしてその仮説に根拠を与えるものが建築です。つまり逆転しているわけです。根拠というのは、別の言い方をすれば社会的なプログラムです。プログラムと呼んでいるものが建築に先立って存在し、それをわれわれが受け止めて建築をつくる、という広く受け止められている構図ではなく、建築という空間的な構成のあり方がプログラムに根拠を与えているのです。

例えば空間概念をすべて排除したところでプログラムを描けるか、と問いかけてみればいいと思います。私はすごく難しいと思います。例えば、家族という関係を説明しなさい、あるいは将来的なプログラムを描きなさいといわれたとき、住宅という空間のイメージをはずしてプログラムを描くことは難しいと思います。

美術館はどうでしょう。美術館の中では絵が壁に掛けられ彫刻が置かれるのは当然だと思います。 あるいは、さまざまな建築プログラムはすでにあらかじめあるビルディング・タイプを前提にして組み立てられているように思います。例えば学校なら、今ある学校という建築が前提にあってその建築との関係で教育というプログラムが稼働しているようにも思います。

しかし今、優れた美術の作品というのは多かれ少なかれ美術館という枠組みからどんどん出ていっています。クリストのように島全体を覆うこともあります。美術という範囲が限りなく広がっているように思うのです。ところが、美術館のプログラムは相変わらず絵画を掛け、彫刻を置くという視点でできています。ですから、逆にそうした視点によって評価される作品だけが美術館に展示されるという構図が出来上がってしまうのだと思います。つまり美術という枠組みを美術館という建築が決めている。そういう逆転した構図自体を「暴力」というふうに呼んでいいのではないかと思っているわけです。

美術館をつくるということは、ひょっとしたら美術という枠組みを決め手いるのかもしれない。学校をわれわれがつくることは、学校という教育システムをそこで決め手いるのかもしれない。空間がそのプログラムをどこかで決定的に決めてしまっているのではないかと、私は思っています。

それはどんな建築にもいえると思います。ある文化を切り取って建築の中に入れることができるはずがないのにそれでも博物館のような建築がある。その建築の中に展示品が飾られることによってその展示品が逆にある文化を代表しているように見えるという構図が出来上がっているように思います。切り取られてそこにあることが当然であるかのように見えるんじゃないかと思います。

そのように建築は、そこにあることがいかにも当然であるかのように見せていく力がある。住宅をつくれば、そこに当然のように家族が見えてくるだろうし、美術館が出来上がると、そこに飾られている美術作品がいかにもある価値を持ったものとしてそこにあるように見えてくる。つまり、そういうことを私はあえて「暴力」と呼びたいのです。飛躍があるかもしれませんが、建築はあるものに決定的な価値を付与しているのです。それは住宅を一軒つくっても、集合住宅でも、あるいは文化施設をつくっても同じです。

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