アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

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原 広司 - 「集落の教え」と様相論
オーバーレイ・重ね合わせについて
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東西アスファルト事業協同組合講演会

「集落の教え」と様相論

原 広司HIROSHI HARA


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オーバーレイ・重ね合わせについて
ガルダイヤ
ガルダイヤ
影のロボット
影のロボット

次は、オーバーレイ・重ね含わせということです。

まず、最初に見せた集落で、幻の七つの都市のひとつ、ガルダイヤがありますが、そこはやはりオーバーレイの典型だといえます。住居がすごい重なり合いを繰り返すわけです。ここには、見えざる秩序によって統御されていて、そのなにか秩序があるんです。非常にルースですが、ただでたらめではない、すばらしい秩序があります。それはなにかというと、どんな位置のどの家からも、必ず中心のモスクの塔が見えるという秩序を考えながら各住居を配列していった経緯があるんです。見えない糸のような秩序がこの全体を統御している。それがオーバーレイの原則です。いわゆる求心的空間の様相をつくり出している、まさにその原因であるわけです。

では今日の私たちが(それだけ強烈な秩序を持っているかどうかというところが問題になってきます。これは、グラーツとミネアポリスなどの美術館の要請を受けて、展覧会用につくったもので、「影のロボット」と呼んでいるプロジェクトです。アクリル板でつくってあります。20枚近くのアクリル板を重ねてつくった造形です。これは光線の変化に伴って、どんどん、ほとんど無限に形ができるというか、発生するように考えたオーバーレイの装置です。図像をつくる装置です。これを考えましたときには、一枚一枚のアクリル板のスケッチは、全部私が描きました。しかし、そのときには全体は見えていないわけです。部分しか見えていないんです。

たとえばガルダイヤでひとつの住居をつくろうと考えたときに、その人びとは、自分の家をつくる論理は持っているはずでしょうが、彼らに全体と個を結びつける道筋があったかどうか、あるはずなんですが、見えているのかどうかはなはだ疑問です。しかし、なにか頼りにはしているわけです。ここではモスクがそれにあたるわけです。しかし、今日の私たちは神なき時代に生きているわけで、常に全体は見えてこない、頼りにするものがないということです。

虔十公園林フォリストハウス
虔十公園林フォリストハウス

私たちは最後には、アクリル板を重ね含わせて全体を決めました。決めたというのは、実際にはどうなるかわからない部分を部分としてつくっておいて、いろいろ組み合わせを実験して検討した挙句に、結局、このプロジェクトを動かすために13分30秒の光のディスプレイをセットしたわけですが、その光の変化の演出をつくるときに頼りにした全体性というものがあって、それで空間の気配をつくり出しました。これが様相といえるものではないだろうかと思います。

田崎美術館
田崎美術館

そして、このオーバーレイということを使ってデザインしたものとして、田崎美術館があり、さらにいくつかの作品につながっていくわけです。住居の場合ですと、オーバーレイといってもなかなかむずかしいというようなことも痛感しました。そうした中で、ガラスの効果とか、いろいろな手法を徐々に探し出していくことができました。

これはフォリストハウスです。ここでは、建築と自然との境界をなくすということを考えております。それを偶然的ではなくて、意図的にしっかりとつくっていくと、たとえば、さまざまに角度の異なるガラスによって、大変ユニークな輸送作用が起こります。森が輸送されたり、空が輸送されたりします。輸送されるということは、運ぶ、移すということですから、メタファーという言葉の本来の意味でもあるわけです。ですから、私たちがメタファーの世界に生きているということは、私たちは運び屋なんです。都市に公園をつくるのは、森を運ぶことですし、そこでは、できるだけ美しいものを運ぴたい。空を運ぶとか、雲を運ぶとか、そういうことをやっていくことなのかなあという気がしています。

虔十公園林フォリストハウス虔十公園林フォリストハウス
虔十公園林フォリストハウス

そこでは、境界というものが重要になってきます。オーバーレイというか重ね合わせるというのは、一種のコラージュですが、単なるコラージュというよりは、もっと複雑にやっていくコラージュをやるわけです。そして、単に重なり合うということだけでなしに、光を同時に操作していく、空気を変えていくといったことをもやっていく。そういうようなことで、雲形屋根とかも生まれてきました。空気の設計というのは、いいかえれば様相の設計ということです。単に光がトップライトから、上からくるというだけでは、光の質までは操作できない。宇宙からくる、あるいは宇宙に光っているような光を現代的につくりたいと思っていますので、それは単なる光のミックスチャーだけでは不十分なわけです。それをもう少し超えて、現実と非現実の境界をなくすとか、実像と虚像の境界をなくすということによって、空気をつくりなおしていくことに、だんだん近づいていけるのだろうと思います。

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