アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

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私の建築手法
阪田 誠造 - 身体性美学の建築
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東西アスファルト事業協同組合講演会

身体性美学の建築

阪田 誠造SEIZO SAKATA


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はじめに

私は大阪生まれですが、旧制中学を卒業するまで大阪で育ちましたが、それ以後ずっと東京におります。板倉建築研究所は大阪事務所もありますが、ほとんど来ませんので、どちらかというと大阪の地には馴染みが薄くなっております。きょうは大勢いらして下さってホッとしております。

今日は「身体性美学の建築」という題で、最近作を中心に作品のスライドを見ていたがきながらお話しを進めたいと思います。

その前に、私をはじめとする板倉建築研究所が、言葉としてはちょっと堅いのですが、 「身体性の建築」なる言葉の意味を説明するということで、どのような考えをもって仕事に取り組んでいるかというところからお話ししたいと思います。

私は昭和26年に坂倉準三事務所に入りまして、昭和44年に坂倉先生が亡くなるまで、ちょうど18年間いろんな仕事にタッチしてまいりました。その後、大阪支局長だった西澤文隆さんが坂倉建築研究所を引き継がれました。それまでは坂倉さん個人の事務所であったわけですが、坂倉家と所員が株を持ち合って、新しい形での坂倉建築研究所として西澤さんが代表になり、東京事務所、大阪事務所としてスタートしました。この体制で西澤さんと一緒に17年間やってまいりました。そして、昭和61年のその西澤さんも亡くなられ、私が引き継いでいる次第です。

この間、私自身が坂倉さんや西澤さんをはじめ、いろいろな先輩と一緒になって仕事をしてきました。その中で、学んだことが現在でも私たちの事務所の中に流れているんではないかと思います。

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