アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
「ベトナム国家歴史博物館コンペ」(2007年)は幸いにして勝つことができました。建設大臣へのプレゼンの際に、外観パースを幅約5メートルの金屏風仕立てにして提出しました。アートワークとしても十分に魅力的なボードだったと思います。設計コンセプトは、拙宅「積層の家」で使用しているPC版を大型化するというアプローチで、PC版を校倉のように互い違いに積む外壁としました。この博物館は残念ながら基本設計までで止まって実施に至りませんでしたが、このコンペ以降は海外のプロジェクトを担当する機会が増えました。ベトナム・ハノイ「VNTA」は設計コンペで勝ち、2018年に竣工を迎えることができました。
とても特殊なコンペに勝った経験もあります。2008年に実施された「マッカ聖モスク エクスパンションコンペ」です。イスラム教は、メッカの聖モスクの中心にあるカアバ神殿に向かって世界に約16億人いるイスラム教徒がお祈りをします。神殿を含むモスクの周りは、円形に取り囲んでお祈りをする世界でここにしかないモスクです。その巡礼能力を向上させる増築コンペでした。この時は結果が出なかったのですが、世界中から巡礼者が増え続けモスクの安全性確保という喫緊の課題が生じ、2010年から12年にかけて5度ほど段階を経て「メッカ聖モスク マターフ拡張計画コンペ」が再び実施されました。カアバ神殿の周りを7周、サファーの丘とマルワの丘を結ぶ長い回廊を3.5往復するタワーフという儀式があり、その能力を倍増させるためのコンペでした。建築の提案というよりも、群衆流動を最適化するコンペであったと思います。そこでわれわれは立体回廊を提案しました。これまで、カアバ神殿の周りを地上で回っていただけでしたが、その外側に多層の立体回廊を設け多くの人が同時に回れるように、減築の上で増築するという計画です。この案は採用され、現地の設計事務所とゼネコンの協働により現在施工中です。メッカにはイスラム教徒以外の人は入ることが許されないため、設計の進捗はGoogle Earthで確認しています。
メッカでの設計実績から、中東地域で開催されるコンペにお声かけいただける機会が増えました。カタール・ドーハでは「Doha Club」(2013年)もコンペに勝ちました。残念ながら実施には至りませんでしたが、豪華な宮殿のような空間を提案しました。そのほかにも大使館やオフィスのコンペにも参画し、イスラムのデザイン言語を現代建築に翻案した空間を提案しました。同じくドーハの「MASRAF AL RAYAN Doha Head Office」という銀行本店のコンペ(2015年)にも参加しました。設計は、正方形のフロアに正方形の吹き抜けを設け、周りに五角形のコアを配置し、さらに外周は八角形の2重ガラスで覆うという、イスラム教の主要な装飾である幾何学を多用したデザインです。このプロジェクトは現在、施工中でもうすぐ完成見込みです。
「ベトナム国家歴史博物館コンペ」で提出した金屏風に描いたドローイング
「ベトナム国家歴史博物館コンペ」のダイアグラム
「マッカ聖モスク エクスパンションコンペ」の模型写真
「メッカ聖モスク マターフ拡張計画コンペ」の提案
Google Earthで工事の進捗を確認する
「Doha Club」の内観イメージ
「MASRAF AL RAYAN Doha Head Office」の工事進捗
ロシアでもコンペに参加しました。第2の都市サンクトペテルブルクのガスプロムネフチ社が開催したコンペ「CRYSTAL VESSEL プロジェクト」です。周辺には世界遺産「スモーリヌイ修道院」やエルミタージュ美術館があります。敷地はネヴァ川に面した昔の造船所のドック跡でした。歴史的な景観を守るため、建物には23メートルの高さ制限があります。そこでアトリウムを内包する平たい建築を提案しました。クライアントへ建築のストーリーを伝えるため、コンセプト動画も制作しました。そのBGMには、アレクサンドル・グラズノフ(1865〜1936年)が作曲したヴァイオリンコンツェルトを使いました。グラズノフはサンクトペテルブルクのペテルブルク音楽院の院長を務め、ストラヴィンスキーやショスタコーヴィチといった20世紀の大作曲家の師匠にあたる人です。このコンペでは、高い教養をお持ちの女性オーナーの心に届くような提案にしたいと思い、すこしロマンティックな曲調ですが、あえてこの選曲で勝負しました。サンクトペテルブルクの文化を深く理解されている方であればこの選曲の意図に気付き、共感が得られるはずだと思いました。結果、コンペに勝つことができました。実は、私は大学の頃からクラシック音楽が好きで、音楽学部の授業にも忍び込んでいました。音楽の力は、人の想像力を大きく広げることができます。毎回こうした動画をつくることが楽しみで、選曲はすべて私が決めています。これまでご紹介してきたような国際的なプロジェクトに携わることができたのも、日建設計という高度で多様な専門家集団に属しているからこそだと感じます。
サンクトペテルブルクの街と「CRYSTAL VESSEL プロジェクト」のCG。
ネヴァ川に面したドック跡地が敷地
最後に拙宅「積層の家」(2003年)について、現在の姿をお伝えして講演を終えたいと思います。これは日建設計のプロジェクトではなく個人の活動です。設計のスタディは1996年から始まり、着工の2002年までに5年半も費やしました。PC版とガラスを用いて、ペンキをほとんど塗らずに素地で仕上げたため、竣工から19年が経った今も痛みの少ない状態が維持できています。また季節や気候の変化にも敏感に反応する空間で、たとえば5月になると太陽高度が高くなり、光がコンクリートの隙間を通して真上から1階まで差し込み、独特な表情のとても長い陰影が落ちます。この建物での暮らしを通して、いまだに多くのことを教わっています。
以上で講演を終わります。本日はありがとうございました。
「積層の家」(2003年)。PC版を積層した構成。2階居間よりキッチンを見る