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東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

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私の建築手法
隈 研吾 - 物質性とサイバースペース
慰霊公園プロジェクト、愛知万博領域型プロジェクト
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東西アスファルト事業協同組合講演会

物質性とサイバースペース

隈 研吾KENGO KUMA


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慰霊公園プロジェクト、愛知万博領域型プロジェクト
慰霊公園プロジェクト
「慰霊公園」一九九七年
「慰霊公園」一九九七年

僕の中では物質性もサイバースペースもどちらも「反かたち」ということでつながっているんですけど、少し物質性のはうの話ばかりし過ぎたかもしれないので、最後にふたつ、サイバースペースについてお話しようと思います。

最初は慰霊碑というモニュメントをつくって欲しいと頼まれたプロジェクトです。かたちとしてのモニュメントづくりはお断りして、ひとつの記憶を内蔵したランドスケープをつくり、そのランドスケープの中で亡くなった方の記憶を呼び起こすことのできるプロジェクトを提案しました。ランドスケープの中に設定されたシークエンスの中に、昔の人のいろいろな記情を呼び起こすようなトリガーが内蔵されているという公園です。記憶をどうやって呼び起こすかといえば、ひとつは文字情報です。音と光というトリガーを使って、その人の記憶を呼び起こそうとしています。簡単にいうとその人に対応した曲をつくるわけです。という曖昧な性格のものを音の空間で表現してみようと考えたものです。

愛知万博領域型プロジェクト
愛知万博における領域型プロジェクト「森の中の自然博物館」
愛知万博における領域型プロジェクト「森の中の自然博物館」

愛知万博における領域型プロジェクト「森の中の自然博物館」。  2005年の愛知の万博に、ここ三、四年関わっておりました。その中でいちばん興味をもってやってみたいと思っていたのが、森をそのまま使って、森の中を展示空間にするというプロジェクトです。これを建築型ではない、領域型プロジェクトと呼んでいます。今までの万博というのは全部建築型で、まずパビリオンを建てて、その中で映像を見せるというものでしたけれど、せっかく森の中でやるんだから建築を建てないで、なおかつそこで何か新しい体験ができるようなものができないか、それを領域型と呼んでみたのです。

「シースルー型HMDを装着しての実験風景」
「シースルー型HMDを装着しての実験風景」

そのためには技術的にはさまざまな仕掛けが必要です。たとえばHMD=へッドマウンティッドディスプレイというものがあります。簡単にいうと眼鏡に映像が写るようなものです。HMDをかけて森に入ると、森がそのまま自然博物館に変わるかもしれない。たとえば、ある植物とか石にどういう由来があるかとか、この木はどんなものに使える木だとか、食べられるとか食べられないというような情報を、その生きている木から得ることができます。自然博物館には標本しかなく、ハコモノの中で動かない標本や映像を見せられるわけですが、森を歩きながら森がいろんなことを教えてくれるような森の使い方ができるのではないかと思います。

森のオペラというのも考えています。同様にHMDを装着して森に入っていくと、実際に目の前の森と、映像とが重なって見えるわけです。たとえば、妖精が森の中に出てくる。その妖精が歌ったり踊ったりするオペラが、現実と幻想とが重層するかたちで体験できるかもしれない。そういう領域型と呼ぶ形式ができたら面白いと思っていて、この二年間ぐらい何回か実験しました。青山の絵画館前で変な帽子と変な洋服を被って町を歩くというような実験をしたり、来年の二月にも愛知の公園で実験をやります。

「森のオペラ」
「森のオペラ」

万博というのは十九世紀からあるたいへん古くさいイベントですから、何か新しいことができるとしたら逆に建築とがハコを建てないでやるしかない。建築家としてはややペシミスティックな気分になっています。

これらのプレゼンテーションのためのCGやアニメーションは、全部僕の事務所の中でつくりました。事務所では建築の設計をするという作業のほかにアニメーションをつくるという作業もしているわけです。実はそちらのほうが気は楽でして、建築をつくるというのは、みなさんもご苦労なさっているように、いつも相手と予算でいろいろな目に合うわけですが、アニメーションというのは相手が白分だけですから、そういうことに気を取られずにつくれます。しかもできたものはこういう講演会ではちやんと作品として出せる。要するにクライアントがなくてもちやんと作品ができていくという夢のようなことがCGアニメーションではないかなと思っています。そういう意味でこれは、かたちの時代ではないからこそできる新しい建築家の楽しみですね。

一方で物質というものと格闘する楽しみも依然としてあるわけで、僕の日常は一方で物質と関係のないサイバースペースでプロジェクトをやりながら、一方で物質と格闘している。そのふたつのバランスをとっているからこそ、両方楽しんでできるような気もするわけです。そういう楽しみ方こそが二十一世紀の建築家像だと思っています。

翻って日本の昔の建築というのは、実はその両面がもともとあったんじやないかと僕は思うんですね。たとえば、小堀遠州という人は、江戸時代の建築家といわれていますが、何をしたかというと、庭のデザインを主にやっていて、建築も時々デザインする。なおかつ建築の中につくるソフトウエアみたいなもの、いちばん典型的なものは茶道ですが、そういったいわばソフトも考えていた。環境・建築・ソフトウエア全部をトータルに見ていて、それを楽しんでいたんじやないかと思うのです。どうも昔の建築家のあり方のほうが、近代的な西洋的な建築家よりも今は身近に思えます。そういう中から、二十一世紀のヒントを感じ取っていただければと思います。

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