アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

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西沢大良 - 現代の建築
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2005 東西アスファルト事業協同組合講演会

現代の建築

西沢大良TAIRA NISHIZAWA


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熊谷のハウス

この建物はちょうど9年前に設計した住宅です。熊谷というのは、埼玉県北部の田園地帯にあって、中庭付きの住宅を要望されました。ご夫婦ふたりと小学生の男の子ひとりの三人家族です。敷地は広いのですが、工事予算があまりなく、建物としては「立川のハウス」よりも小さい、延床面積81平方メートル、25坪です。合計3つの平屋の建物が、中庭を囲んでいるというものです。3棟の中身は、L型の棟がLDK、I型の大きな棟が主寝室、I型の小さな棟が子供室です。この住宅は着工したのですが、お施主さんのやむを得ない事情で工事が中止されて、計画案のままで終わってしまいました。

3棟の建物の外側には、北側にバイク3台分のパーキングがあり、南側に車2台分のパーキングがあり、西側は倉庫やプロパンガス置き場のためのバックヤード、東側に前面道路があります。それぞれの場所から、3棟の隙間を通って中庭に入ります。中庭の地面は前面道路より80センチメートル高くなっていますので、たとえばお客さんがくる場合は、道路から階段を上がってまず中庭に入り、そこからL型の棟の玄関に向かうようになっています。あるいは、奥さんが買いものから帰ってきたときは、パーキングから中庭に行き、そこからキッチンに直接入れるようになっています。ゴミを出す時も、キッチンから中庭に出て、バックヤードに抜けるようになっています。また息子さんが鍵っ子なのですが、小学校から帰ってきたときも中庭に入って、子ども室の棟の鍵を開け閉めします。それぞれの棟の間の行き来も、基本的には中庭を介して生活するようになっていますが、雨や雪の日もありますから、屋内間でも行き来ができるようにしています。それぞれの棟の間に、半階下りて半階上る半地下階段を設けています。つまりこの家は、実は屋内でぐるぐる回遊できるようになっています。

熊谷のハウスの模型
熊谷のハウスの模型
1階平面 縮尺1/400
1階平面 縮尺1/400

分棟にした理由は、主にふたつあります。ひとつは、中庭住宅の難しさです。中庭というのは施主の希望ですからつくらなければいけないのですが、僕は日本で中庭を維持するのは難しいと常々思っています。「中庭」という言葉で思い描くような、くまなく日光が当たっている地中海風の中庭を日本で実現するのは並大抵のことではありません。単なる撮影用のセットでよければ簡単ですが、20年30年の間、その状態を日本の気候で持続させるには、中庭だけつくってもダメなのです。放っておくとカビや苔が生えてきて、中庭ではなく坪庭になってしまう。ですから、とにかく風通しをよくしようと分棟型の配置にしました。

分棟にしたもうひとつの理由は、「立川のハウス」の反省があります。立川の一階で箱ものを黒くしてみましたが、お施主さんが引っ越されてから、ひとつの問題があるのが分かりました。もちろんご夫婦はあのスペースをうまく生かして生活されているのですが、問題はお子さんたちです。子どもというのはなかなか難しいもので、趣味も定まっていませんし、考えられるありとあらゆるものを部屋に持ち込んできます。それこそガラクタからゲーム機から動物まで持ち込んでくる。そういったさまざまなオブジェにスペースが負けてしまうのです。ではどうすればよいのかということを、「立川のハウス」の後、ずっと考えていました。僕が思ったのはふたつありまして、ひとつは、家具だけ黒く塗ったのがいけなかったのではないかということ。たとえば壁も天井も全部黒く塗っていれば、ガラクタに負けなかったのではないかということ。 もうひとつは、立川の一階は仕切のないワンルームですが、それがよくなかったのではないかということ。ですから「熊谷のハウス」では、とにかく部屋を全部独立させて、一室ごと独立した建物にしました。その上で、それぞれの部屋をお施主さんのもっている家具や雑貨類にあわせて、オールオーヴァーに仕上げてみよう考えました。

L型の棟は、立川の反省をこめて真っ黒にしようと計画していました。お施主さんの椅子と仏壇が黒かったからです。床から壁から天井から、作り付けのカウンターまで、すべて真っ黒にしようとしました。

ベッドルームの棟はべージュ。お施主さんの持っている布団が、夏も冬も全部柔らかい色調のべ−ジュからオレンジに近い色だったのでそうしました。

そして、子ども室がいちばん苦労したのですが、最終的には全面シール貼りのインテリアにしようと計画していました。お子さんが鍵っ子で、アニメのシールをたくさん持っていて、自分のランドセルや机、椅子、ベッドなどにびっしりとシールを貼っているのです。そこで、ちょっと迷いましたが、お施主さんにも意図を説明して、全面シール貼りのインテリアにしましょうと話していました。このお子さんは、基本的に自分の所有物には何であれシールを貼るという習性がありましたから、部屋全体もそうしておけば、ドメスティック・ランドスケープとしてきれいになると考えました。

ちなみに、それぞれの部屋から中庭が見えますが、中庭からは空しか見えないように、3つの棟の高さを調整しています。

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