アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

マークアップリンク
トップ
私の建築手法
長谷川 逸子 - コミュニケーションが開く建築シーン
はじめに
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986

東西アスファルト事業協同組合講演会

コミュニケーションが開く建築シーン

長谷川 逸子ITSUKO HASEGAWA


«前のページへ最初のページへ次のページへ»
はじめに

私は1986年に「藤沢市湘南台文化センター」で公共建築をスタートさせるまで、小住宅をはじめとする住宅関係の仕事をしていました。そうした時期からこの十年間、公共建築を設計することに携わってきて、その間に私が考えてきたことについて、これから話してみたいと思います。

最初に、設計を立ち上げるためにキーワードとして使ってきたことばを抽出し、今も継続して使っていることばをあげて考えを整理しておきます。

住宅を設計しおているときには、特に「ガランドウ」、つまりエンプティネスということばをよく使っていました。70〜80年代のこの国の変動はたいへん激しいものでした。友人の家を設計していましたが、その友人と対話をしていると、先が見えないといった思いを何度もしました。次々に変化していく社会の中で、未来を描くのはたいへんでした。

結果的には三角形の家など、強い形態をもつ住宅をつくる建築家というイメージで受けとめられてしまったところがあるかも知れませんが、それでも中はフリースペースでした。予算がないから家具ができないというより、家具をつくって生活をフィックスしてしまうことができない。建築家による平面の図式化ではなく、思いがけないほどのフレキシビリティに満ちた長い持続としての空間、そんな思いで「ガランドウ」ということばで説明して積極的に使っていました。

その次によく使ったことばは、「第二の自然」や「地形としての建築」でした。住宅をつつくっていると、快適さというものは、どこかで「イコール自然さ」というものになる。しかし都会に生活し、密集地で生きるときの自然とは何か、都市と自然とは何か都考えながら、今この時代野路分のスピリットに合う環境をもう一度見い出していきたい、ずっと継続している自然観とをオーバーラップさせたいという思いで、「レイテント・ネイチャー」とか「セカンド・ネイチャー」といったことばを使いながら、都市の自然について考えてきました。

そのような「ガランドウ」と「第二の自然」を重層させて、公共建築では「原っぱ」、「フィールド」ということばで説明しました。「原っぱ」は多様な関係性を狩野にする空間で、更地、森、複数の声、人が活動する場のことです。また複合化して複雑な公共建築の場合にはさまざまなものをインクルードする空間というようなものを取り出し、宴をはる、人生の場を立ち上げる「まん幕、スクリーン」を張る、といったことばを使ってきました。まん幕は、不特定多数の関係性の包括空間であると考えます。

公共建築を建設することの目的はさまざまなものを横断して成立している生活を豊かにするためだと考えます。人びとに積極的に利用される建築をつくりたいので、私はいつも企画書を、使用する立場に立ってもう一度見直しながらやってきました。そのためには、時には利用者たちと意見交換をしなければいけません。ハードとソフトは切り離せるものではありません。運営企画と建築のありさまは一体と考えます。私はキーワードとして、「ガランドウ・第二の自然・原っぱ・ブリッジ・まん幕・ハードとソフト」という七つのカテゴリーを、設計の過程で共有されたものとしてまとめています。

70年代の中頃から85年ぐらいまで、1年にひとつぐらいのペース住宅の仕事をしていました。そのときに、自分の考えをねじ伏せてでも、といった建築のつくり方を許してくれないクライアントとよい出会いをしました。建築とは何かについて、とことんコミュニケーションをしなければ、私の考える建築が実現しませんでした。次の日には変わってしまうクライアントの考えに対応しなければいけなかった。そういう中で改めて「生活」というものをどう捉えるかについても深く考えました。固定できないものとしてあるこの国の生活をどう捉えていくか。建築というものを図式化した途端に、次の日には古くなってしまうような思いをすることをどうしたらいいのか。建築は、そうしたフレキシビリティーと、そして人間のパフォーマンスに合うようなフリースペースとしての機能をもっていなければいけないのかもしれないのではないか。そんな場所性のあり方を考えることにぶつかりました。

建築がいつも社会の中に投影されること、いい尽くせないほど重層的にさまざまなものが潜み、流動し変化する捉えどころのないものを抱え込んでインクルードしないと建築が成立しないということを、十個ぐらいの住宅をつくる中で、実に熱弁を奮って対応して下さったクライアントのみなさんから教えられました。

建築は、私の作品というよりはクライアントとの共同作業だと繰り返し書いたことがあります。そして、社会における建築を捉えていくと、その変化と同時に持続ということが出てきます。その人たちの人生の中に建築をどう置くか。どのようにして生きていくことに関わるかは、建築と人間が生きることの矛盾とずれ、まさにその中での未来に続く持続の問題です。そうしたことを住宅を通して学び、私はそれを基本として、この十年間公共建築をやってきました。

«前のページへ最初のページへ次のページへ»