アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

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長谷川 逸子 - コミュニケーションが開く建築シーン
異質なものをインクルードする「幕」
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東西アスファルト事業協同組合講演会

コミュニケーションが開く建築シーン

長谷川 逸子ITSUKO HASEGAWA


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異質なものをインクルードする「幕」
大島絵本館+絵本ふれあいパーク
大島絵本館+絵本ふれあいパーク

大島町は人口9000人ほどの町です。町創立百周年記念の際、町に伝えられている「白鳥物語」が絵本化されたのをきっかけに、町が絵本づくりにたいへん興味をもち、絵本図書館のようなものをつくろうという話が起こり、ハードとソフトをいっしょに考える建築家ということで声がかかりました。

高低差が全体で五メートルあるかないかの平らな水田の町です。三つの敷地をパーキングと広場と建物にするとの説明を受けたのですが、私は待ちにとって大切な記念すべき里として丘を立ち上げようと提案しました。「三つの丘の上の船」というイメージは関係者に気に入っていただけました。

CGで絵本を描くことを提案し、公会堂でデモンストレーションをしましたところ、マッキントッシュで絵を描いてみようというこどもたちの行列ができました。そこで、CGで絵を描く部屋をつくることにもなりました。絵本を集める建物をつくるはずでしたが、私たちが提案したことは絵本をつくろうという方向に進んでいきました。そこで、絵本をつくるための場面をあちらこちらにつくることになりました。

ソフトについてのディスカッションが広がって、一年間コミュニケーションを繰り返しました。私たちはプログラムを絵に描いて一冊の建築の絵本をつくりました。こんなことができる建物という本をつくり、それを町の人たちに見てもらい、賛同していただき、建築設計がスタートしたのは一年半ぐらい経ってからでした。

建物の前には水場があり、水遊びができるようになっています。外の活動の場所は透けるようにつくっています。鉄骨の建物のように見えますが、耐震上は鉄筋コンクリートです。劇場の外壁や水回りのシャフトや、ギャラリーとしての壁などに地震力を負担させ、軸力だけを受ける鉄骨が立っています。十二メートルのスパンで、その上に雪が積もる計算をしていますが、スレンダーにできている構造です。

プランの構成ですが、エントランスホールに入ると左側にティールームがあり、そこからスロープが延びています。このスロープは町の人たちの作品を飾ったりするギャラリーも兼ねています。スロープには本をつくるためのワークショップ、ミーティングの場所、発表する場所などがつながっています。大きなお絵かきなどをみんなで楽しむパフォーマンスホールの隣には音響が整備された音楽ホールもあり、「白雪姫」のオペレッタなども上演されています。地下はワークショップでつくったものを収納していく収納庫になっています。研究者のための小さなブースもあります。ここではさまざまな活動をプログラムしています。ある意味では積極的なボイド空間といってもいいかとしれません。この頃ポンピドーの学芸員の方などと外国のコンペのジャッジで同席した際、「ポンピドーのようなガランドウは、使うのがたいへんだし、力が要る、力があればすごくおもしろい。フリースペースというのは、人がいないと動かない」といわれました。私はここでもそういうことを何度もディスカッションしながら、町長さんにお願いしました。全国からスタッフを募ってくれるほどの町長さんに会えたために、この建築は成立したと今でも感謝しています。

絵本は大人も好きですから、こどもの施設だけではありません。よく若い人たちがCGを使って、結婚の前に自分たちの歴史を物語にする絵本をつくりに来たりするそうです。絵本はことばもあり、絵もあり、ポエムもあり、いろんな人がいろんなかたちで関われるひとつの文化だと思います。私たちはそうした場をつくるわけですが、それを効果的に使うのは人です。人が来て新しい建築は機能を発揮します。長谷川の建築は建築がなくて人しかいなかったといわれたりしますが、そこに人がいれば場ができるわけですから、やはりそういう場をつくり続けたいと思います。

地方は緑がたくさんあるので、都会のように公園というものがありません。ところが、去年、ここで毛氈を敷いて座っていたお年寄りに、
「今夜はお月見ですからいらっしゃいませんか」といわれて、
「よく使っているんですか」と聞くと、
「前からこういう場所が欲しかった」ということばが返ってきました。

老若を問わずこのように、いろんな人が使える絵本館になっていることを知ってとても喜ばしく思いました。

私はこの十年間公共建築を設計する機会を、コンペを通して獲得してまいりました。私たちは東京でつくるというより、日本のある地域につくるのですが、地方の公共建築はどうあるべきかを考えます。都市の規模によって違いますし、その町の歴史も違います。氷見の山中に「氷見市立仏生小学校」をつくったとき、あの田舎に住んでいることが信じられないほど的確な情報をもっているこどもたちと接しました。ですから私は、こどもたちに対して地域に根差しながら、世界に向かっている建築というものを、どうやってつくっていけばよいだろうかと考えています。

「湘南台文化センター」のときにも、何とかその地域に根差す建築にしたいと考え、結果としてどこかローカルな建築だといわれたりするような風景になっています。しかし、その中で行われているプログラムは、インターナショナルなものです。そこでつくられる演劇は現実に海外でも公演されています。今日という状況にあって市民は世界に開いた意識をもって生きているのです。その動きは建築のプログラムを解体させ、常に新しいものを求め出していて、建築を未完結で流動的なものにしています。そうした状況に開かれた新しい公共の場づくり。つまり世界に開かれた建築が求められる時代です。私たちは、その地域の人たちに対して活動の場を開く。その人たちの生活を豊かにすると同時に、その建築を使う人の立場に立って意識的に考えていかないと、新しい公共建築はつくれないのではないでしょうか。本当の意味でのローカリティーは、もっとグローバルに開くべきある、ということがこの十年間、私が公共建築に携わってきての感想です。

地域の人たちは地域性をたいへん主張されます。しかしその一方で、どれだけ世界に開いていくかということも私のテーマとしなければ、建築は記念碑化するか死に絶えてしまうとも思います。

「湘南台文化センター」から十年。公共建築では先輩から見ればまだまだ新人です。でも何かひとつずつ考えながら、次なる世紀に向かう建築をつくるために考えていきたいと思います。

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