アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
先日、あるコンペがあって、私はその審査員でした。学校建築だったので、私のほかには教育委員会の方々、県の営繕課の方が審査員としてみえていました。そのとき、委員のひとりに、設計者が教育の話なんかする必要ないというようにいわれました。建築家なんだから建築をつくればいいんで、教育論をいうのは片腹痛いというわけです。
私はそれは全然違うのではないかという話をしました。やはり建築、あるいは空間をつくる側から教育をどう考えるかということでそのコンペを考えるべきで、そこを問われているのではないか。しかし、そういう方々は、教室は全部南側を向いていればいいわけだし、教育委員会側から要望があればその通りやってもらえればいいんだという。それもひとつのジャンルの中に閉じこもっていこうとする考え方です。学生たちがやっている提案と同じで、 どうやって既成の枠の中に自分の考え方を収めていこうかというような発想になっているような気がするのです。
学生たちを教えていて、私が教える側に立っているとしたら、こちらにも責任があるかもしれませんけれども、やっぱりそういう人たちがだんだん増えつつあります。そのあたりは、あまり楽天的になれない気がします。建築を提案していくとさに、その提案の範囲がある枠組みを超えたとたんに、まったく受け入れられないという土壌ができつつあるだろうし、それはますます強くなると感じます。
でも、やはりそこは違うと思います。もし学校建築をつくるとしたら、教育とは何かを考えるべきだし、老人のための施設をつくるとしたら、介護についてどのように提案できるかを考えるべきだし、建築の側から枠組みをどれだけ広げられるかということが問われていると思うのです。