アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合

東西アスファルト事業協同組合講演録より 私の建築手法

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槇 文彦 - 豊かな空間構成を目指して
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豊かな空間構成を目指して

槇 文彦FUMIHIKO MAKI


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4 ワールド・トレード・センター
「4 ワールド・トレード・センター(以下、4WTC)」ハドソン川越しに見る

ハドソン川越しに見る

アメリカ・ニューヨークの「4 ワールド・トレード・センター(以下、4WTC)(2014年)」は、2001年のアメリカ同時多発テロ事件で崩壊した「ワールド・トレード・センター(1976年)」を再建しようという動きの中でつくった建物です。アメリカの建築家ダニエル・リベスキンドのマスタープランに基づき、アメリカの建築設計事務所SOM、イギリスの建築家ノーマン・フォスター、同じくイギリスの建築家リチャード・ロジャースなどがそれぞれオフィスタワーをつくりました。私の「4WTC」もそのひとつです。

「4WTC」チャーリーストリート北側より見る

チャーリーストリート北側より見る

「4WTC」西側よりメモリアルパーク越しに見る

西側よりメモリアルパーク越しに見る

「4WTC」オフィス・エントランスロビーからメモリアルパークを見る

オフィス・エントランスロビーからメモリアルパークを見る

「4WTC」オフィス・エントランスロビー

オフィス・エントランスロビー

オランダの建築家であるレム・コールハースは、著書『錯乱のニューヨーク(1978年)』の中で、あらゆる種類の建物がある場所がニューヨークだと述べました。われわれには都市の中の原風景というイメージがありますが、よく考えるとそれはオープンスペースだと思います。私が若い頃に住んでいたニューヨークでは、それは「ニューヨーク近代美術館(1939年)」の庭園や「ロックフェラーセンター(1939年)」の真ん中のスケートリンク、ワシントン・スクエア公園などです。これらのオープンスペースは、時代や社会が変わって周囲の建物が変わっても、変わらないというところが面白いと思っています。「4WTC」の前には、サンクンガーデンがありますが、ここを訪れる人びとは建物を見ていません。建物はあくまで脇役で、主役は広場なのです。「4WTC」には、サンクンガーデンに面したホワイエがあり、エレベータコアからウォール・ストリートに出ていくことができます。地下を通ると地下鉄の駅に行くこともできます。さまざまな景色がここで生まれてくるわけです。

また、われわれはガラスの彫刻として「4WTC」をつくりたいと考えました。先ほど「風の丘葬斎場」で、地域の方に「これで平和に死ねます」という言葉をいただいたというお話をしましたが、ニューヨークでは、「ガラスの建物は亡くなった人の魂を映し出しているのではないか」という素晴らしい言葉をいただきました。

「4WTC」低層部平面(57〜72階)

低層部平面(57〜72階)

「4WTC」低層部平面(15〜54階)

低層部平面(15〜54階)

「4WTC」配置

配置

「4WTC」断面

断面


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