アスファルト防水のエキスパート 東西アスファルト事業協同組合
2003年の暮れに「ポンピドー・センター・メス」という、「ポンピドー・センター(1977年)」の分館のコンペがあり幸運にも優勝することができました。「ポンピドー・センター」の近くに事務所をつくりたいと思いましたが、パリは家賃がものすごく高いのです。そこで、「ポンピドー・センター」の館長に「『ポンピドー・センター』の屋根かテラスを貸してくれたら、自分たちで仮設の事務所をつくる」と提案してみると、「事務所自体が展示になるのは面白い、来場者にも仕事の様子を見せてどんな新しい美術館になるのか分かるようにしてくれればいいよ」と言ってくださったので7年間家賃も払わずに「ポンピドー・センター」のテラスを占領しておりました。滞在中に日本から会いにきてくれる人も多かったのですが、「僕らは展示物のひとつだから、僕に会うためにはチケットを買ってもらわないといけないよ」と話していました。そんなふうに人に見られながら仕事をしていました。その頃教えていた日本の大学の学生をパリに連れていってパリの学生とワークショップとして建設しました。
メス市はドイツの国境に近いところにあり、TGVの中央駅の北側に街の主な機能が集積しています。敷地は南側の大きな空き地で中心街とは離れているのですが、何かここならではの、街と関係づけた美術館にしたいと考えていました。それから当時「ビルバオ・エファクト」[注2]ということが話題になり、スペインのビルバオ市に完成したフランク・O・ゲーリーの「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」が大成功したものですから、そのような効果を狙った建物にしてほしいという街の思惑がありました。一方、美術関係省やアーティストたちの中では、建築家に頼むと自分の好きな彫刻をつくられるだけで使い勝手がまったく悪いものになるから、建築家には頼まないほうがよい、というムーブメントがありました。建築家に頼むよりは既存の工業的な古い建物をリノベーションする手法をよしとするもので、ロンドンの「テー卜・モダン(2000年)」[注3]やディア・アート財団がつくった「ディア・ビーコン美術館(2003年)」[注4]がその成功例です。そうした両極端のふたつの大きな流れが美術界にありましたが、僕自身はどっちもどっちだと思っていました。建築的にもよいものであり、使い勝手もよい、なんとかその両方を汲み取りたいと考えていました。
使い勝手のよいギャラリーとして、まず15メートル幅で長さが90メートルのチューブを設計し、これを三本積むことにしました。ただ重ねて積むのではなく、それぞれを街のモニュメントがある方角に向け、ギャラリーの終端部分のガラス面をピクチャー・ウィンドウとして、美術館とモニュメントが連続するようにしました。一番上のピクチャー・ウィンドウからは、メス市のシンボルであるカテドラルが見えます。ふたつ目のチューブは中央駅の方を向いています。メス市はかつてドイツに占領されて、その当時に建設された建築はドイツネオロマン主義[注5] 的なものになったという歴史があり、その歴史的な遺産のひとつである駅を、ピクチャー・ウインドウで切り取っています。ギャラリーのチューブをずらして積んでいるので、チューブの上もすべて彫刻がおけるギャラリーとして利用できます。
最近の美術作品にはコンセプチュアル・アートが多くなってきて、一般の人たちが美術館に足を運ばなくなっていると言います。何が展示されているか分からないような閉鎖的な美術館が多いのも原因のひとつです。美術館はもっとパブリックなものにならなければならない、自由に中が見えて、お茶を飲みにきてくれるだけでもよいので人が集まってくる場所にしたいと思いました。なので、一階のフォーラムは全面をシャッターにして、シャッターを開けるとカフェや前面広場と繋がったり、内外の空間を連続させられるようにしました。
そして、それを覆うように木造の屋根をつくりました。屋根のモチーフは中国の伝統的な帽子です。竹で編んだ中国の帽子を見た時に、すごく建築的だと思いました。六角形に編まれた竹が構造になっていて、その上に防水として油紙が貼ってあり、その下に乾燥した葉っぱが断熱材として敷き込まれています。まさに、断熱材、構造材、防水材によって構成されている建築の屋根と同じなのです。なんとかしてこういう屋根をつくりたいと思って10年以上前からいろいろな建物で実験してきましたが、ようやくここで実現させることができました。中国の帽子のように木を編むパターンを六角形としています。さらに屋根全体の形を六角形にしました。フランスの地図を見ていただければ分かりますが、フランスの国の形はほぽ六角形なので、フランス人にとって六角形は国のシンボルなのです。ですからこういう国際コンペを戦う時には、その国のナショナリズムをくすぐるような仕掛けが必要だと思っていました。
中央に鉄骨のエレベータコアがあり、そこから木の屋根を吊っています。もちろん部分的には圧縮力で支えるアーチになっていますが、大半は吊り構造です。このような形態をつくるのに、短い材をスチールジョイントで繋いでつくるより、一枚の長い連続した集成材を曲面に加工し上下ダブルにオーバーラップさせ、交点に木製束を貫通して回定するという、木造ならではの工法にした方が、簡易でローコストにつくれるのです。上下の水平な集成材をフィーレンデール状のトラスにして剛性を出しました。屋根にはPTFE膜[注6]が張ってあるので、自然光が内部に入り、逆に夜は内部の光を通すので、外から構造体が透けて見えます。
[注2] 元もとビルパオ市は鉱工業で栄えた街だったが、1970年代以降の重工業の衰退と共に疲弊し、環境問題と失業問題を抱えていた。「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」の計画により、アクセスの少なかったネルビオン川に橋を架け、歩行者空間を拡充し、川沿いにオフィスや住宅、商業施設などを集めた。インパクトのある建築と共に街が再生したことは大きな注目を集め、「ビルバオ・エフェクト」という言葉が用いられるようになった。
[注3] イギリス・ロンドンのテムズ川沿いに建つ国立の近代美術館。発電所の建物を改修したもの。設計はヘルツォーク&ド・ムーロン。
[注4] ニューヨークのビーコンに建つ世界最大級の現代美術館。1929年に建てられたビスケット会社ナビスコの工場を改修したもの。アーティストのロバー卜・アーウィンと建築事務所オープン・オフィスの共同設計。
[注5] 19世紀から20世紀初頭にかけて、ドイツ、オーストリアを中心に興った文学運動。自然主義に対立し、芸術至上義・神秘主義を標榜した。
[注6] ポリテトラフルオロエチレン(四フッ化エチレン樹脂)製の膜材。耐熱性、耐候牲に優れ、透光性がある。